仕組みということ、当たり前ということ

昨日、スポーツクラブでお会いする方にフェイスブックを勧めました。
現在はミクシィをやっているとのこと。
フェイスブックでは「実名だからこそできるあんなこと、こんなことがあるんですよ」と伝えたら「さっそくやってみるよ」とのことでした。

フェイスブックという前にインターネットという道具があってのこと、その前に電気という仕組みがあってという前提。
電気があることが当たり前。その当たり前じゃない状態を約11か月前の地震の際経験しました。

今や電気は文明、文化であり、生活すべてと言っても過言ではないくらい毎日の生活に欠かせないものになっています。
原発に反対な人もそうでないない人も、好むと好まざるに関わらず、また、生まれたときからそういう仕組みに慣れ切った生活が当たり前の人の方が多くなってきています。

飛脚が車や鉄道に、手紙が電子メールに、算盤が電卓に、レコード盤がCDに、仕組みが根本から変わってしまう激動の時代です。
欲、利害いろいろありますが唯一人間に与えられた「智恵」を充分に活かし時代や環境に適応して進化して行かなければいけないと思います。